東北地方のある企業について

秋田県のある中小企業の話。
その会社は小売業を生業にし、東北地方のショッピングモールを中心に店舗をいくつか持っている。
県内に構えているのは本部で、Aさんはそこで事務員として勤めている。

会社の組織図としては、まず社長、営業本部長がいて、その下に各地域を束ねる営業部長が数人配置され、その下に各店の店長とスタッフ、アルバイトがいる。創業者である元社長は現社長の父親で、いまは代を譲り会長の座におさまっている。その他に会長が社長時代からの付き合いで「相談役」という役職についている人物がいる。

【相談役】、この人物がくせものである。
この相談役は先代の時代から会社経営に深く関わってきたらしい。元はモール系大企業の幹部だったとか。
彼は普段から熱心に店舗を回り、売上データをくまなく閲覧し、営業に口を出す。毎年セミナー(この会社では何故かセミナーに外部講師を招かず、この人物が主催する)を隔月で行い、管理職候補の店長たちを指導する。

そして、月に二度ほどある会議に必ず顔を出す。
会議ではこの相談役がきまって営業部長たちに檄を飛ばすのだ。
「このボケ!」「アホかお前!」(関西人らしい)だの「死ぬ気で売上とれ」「土下座してでもお願いせえ」だのと叫び散らす。Aが初めてこの会議に参加した時は、「まだこんなことをしている会社があるのか」と心底驚いた。パワハラという言葉を知らないのだろうか? 平成も令和もまだ到来していない他の次元を生きているのだろうか? 相談役が机をバンバン叩く隣で、社長と本部長は神妙な顔をしたり、「その通り!」と言ったりなどしている。本部長も本部長で、部長たちの売上報告に対して「へっ」と鼻で笑ったり、散々時間を使って報告させたあげく「べらべら喋ってもらったけど一個も意味わからね~」などと平気な顔でのたまう。

終わった後、営業部長たちから「やばいだろ、うちの会議……昭和すぎて」と言われた。それもそうだが、Aは「なぜ隣に座っている社長や営業本部長は何も言わないのだろう?」とも思った。これを黙認するのは何故なのか。管理者やスタッフに「リスク管理ができていない」等と叱責するが、このパワハラ会議の状況が外部に知られるというリスクについてはどう考えているのだろうか?(何も考えていないのだと後にわかる)

この会議自体もほとんど中身がない。
丸一日使っているのにも関わらず、延々と続くのはこの相談役と営業本部長のお説教。なんで売上が悪い、なんで店長に言う事を聞かせられない、なんで同じミスをする……それがテーマを変えて繰り返されるだけ。

前もって営業部長から会議用に提出される資料についてのダメ出しも多い。
資料内容についての不備不足なら会議前に指摘して直させるのが普通じゃないだろうか。
「これだば議論にならねべしゃ!」と叱りつけるが、それなら資料が揃うまで会議は開かなくていいだろうし、そもそもお説教しかしてないのだから最初から議論になってないし、そんなに文句をつけたいなら個別面談でやればいい。全員の前で罵倒して辱めるのが会議の目的なら別だが……。
「中身がない」というのは営業のノウハウを知らないAだけの意見ではなく、実際に参加している部長からも同じ声を聞いたことがある。

中身がないだけでなく、この会議は他にも悪影響を及ぼす。
店舗従業員→店長→営業部長というキャリアアップが通常なのだが、いまや誰も店長以上の役職には就きたがらないのだ。先に述べた会議で罵倒されるのはもちろん、大して給与も上がらないまま5~6店舗の管理を任されて休日返上のオーバーワークになるのだから損な役回り以外の何物でもない。今は特に人員不足で、店舗の通常勤務のヘルプにも入るし、場合によっては店長と部長を兼任するように指示されることさえあるから地獄だ。

実際、Aがこの会社に勤めてから営業部長は何度も入れ替わった。現場に戻った者もいれば辞めた者もいる。相談役や本部長と揉めるとほぼ辞めていく。今月はまさにアルバイトスタッフから社員になり、店長から営業部長になったという人物が退職した。
「さすがにオーバーワークすぎて体を壊す。部長が部長職に専念できるような体制を作ってくれないか」
と彼は何度か直談判したらしい。
が、答えはNO。できないということだった。

「なので辞めます、って言ったんですよ」と、彼はかなしい笑みを浮かべて話していた。

Aが傍から見ていても明らかに部長になってから疲弊し、精神的に消耗していく姿を見ていたから、いずれ辞めてしまうのではないかとは思っていた。愚痴も何度か聞いていた。
その彼は、引継ぎ用の書類を書きながら「あーあ、辞めたくないなあ……」とも呟いていた。
Aは、自分に何ができたんだろうかと自問する。

ブラック企業から逃げ出した経験があり、<対話>は不可能なのだと知っている。
<内部からの改革>というものもほぼ難しく、結局は組織に取り込まれるのがオチだ。
労働局に行って相談すればいい、というのは実際に行ったことのない人間の意見である。
行っても大して何もできない(辞める覚悟があるならできることはある)。ただ闘っても得るものはさほどない。
ブラック企業からは逃げるのがいちばん、という意見はかなりまっとうである。逃げた先がちゃんとあるなら、だが。

自分はまた辞めていく人を見送るだけなのだろうか。
それでも仕事があるだけマシ、自分に攻撃の矢が向かないだけマシと思って我慢して勤め続けていくべきなのだろうか。

結局何が言いたいのかと言うと、この地方によくある企業の現状を変えるためには何が必要かをいまだに私は悶々と考え続けているということだ。

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