プライド月間と秋田プライドマーチ、生活
だいぶ経ってしまいましたが5月17日、秋田プライドマーチに行ってきました。
trunkの秋田在住メンバーと、県外から「ケロベロス・セオリー」の山もとさんが来てくれました。
コロナ禍を乗り越え今年で4回目を迎えたその日、地味にいたい天気…。
微妙に傘をささなくてもいい程度の小雨に割と強めの風。いや、強風。
中止にならぬか心配でしたが、直前まで運営スタッフがルートや時間配分もろもろの調整。
この日に集まった参加者に配慮した挨拶を手短にすませ、いざ行進スタート。
誰かにとっては再会であり生存確認であり抗議活動。私は嬉しい気持ちもありながら、
雨にさらされても歩く理不尽さのなかで複雑な気持ちも抱えていました。
お店や道端で手を振ってくれる人たちのあたたかさや優しさを感じたり、
行進している参加者の笑顔を見て嬉しくなってもいずれは明日になること、
どんどん悪くなっていく世界に戻らねばならないことを考えたり思い出したり、
不自由な心境がせめぎ合っていました。
…まあ、でもさ!!!!
雨の後、虹がかからなくても歩いている。行いが報われなくても何かをしている。
やるまでは「朝起きるのしんどいかもしれん」とどこかで思っていても、
「あ、わたしこれやりたかったんだ」と感じられることをやる。
のっぴきならなくなって「やらな仕方ないせん?」の積み重ねで眠れなくなるからそこに立っている。
「HAPPY」に洗われた偽善の裏で行われている「虐殺」が誤魔化されていることを暴きながら。
油断してるとHAPPYまでもが「STOP GENOCIDE」を打ち消そうとしてくるのです。
とてもきついですが、それでも今年の東京プライドはスポンサーにBDS対象なしで開催され、
小さくても人々が事を動かしている事実に安心もします。
※昨年の今頃のAshnikko。
「私たち全員の解放無くして解放はない」
「62カ国の国でクィア、トランスの権利は剥奪されている」
「パレスチナでは虐殺が行われている」
昨年、このAshnikkoのMCを聞いてしみじみと(更に)のっぴきならなくなったものでした。
そしてこう続きます。
「奴ら(支配者、虐殺者)に決して平和がやってこないことを望む。地獄で腐れ!」
…私は誰かの命が軽んじられている事に比べたら、
これくらい言うのなんて大した事ない思っています。
現実世界は、美しい虹がかかったくらいでは生きてゆけないのだから。
日々透明化されるのだから「ここにいるよ! / WE ARE HERE!」と強めに、その日は声をあげる。
一旦進んでかなりの時間待たされて、「まだここなのか」といらいらしながら日々を送っていく。
私には今のところ毎日、毎日が来ます。この1ヶ月間で何も終わりません、続くし始めるのです(額に青筋をたてながら)。
今日突然、明日が来なくなる人がいます。その人の幸せだったことについて考えたりします。
ここに居すぎてどうしようもならなくなり、色々ありすぎてのっぴきならなくさせています。
また明日。



